Thank you

Elaphe climacophora
Japanese Rat Snake
青大将(アオダイショウ)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS 5*

In my 32 years, I thank the people who helped it in various ways.And it is my favorite photograph of the time when it was the most happy to give all of you. To Japanese ratsnake which undertook a subject reluctantly. To all of you making the pleasant life.

Thank you.

時々書いているが、私は鬱病をベースとする精神を持っている。
気が滅入って、自分を責めて、眠れなくなるうえに、性格的な問題もあって怒りが爆発すると、自分を抑えきれなくなったり、何もかも投げ出したくなったり、生きているのが嫌になって、たくさん薬を飲んで救急車で運ばれたのも、そう古い話ではない。入院したり、薬飲んだり、副作用で苦しんだりしながら、「生きてても、死んでも迷惑のかかる存在」としてだけど、以前よりは「害の少なくなった存在」として生きている。親にも、友達にも、親族にもいっぱい迷惑を掛けた。いまさら、償うとか、そういうことも出来ないことはわかっているし、これからどう生きていくかがこれからだと思っている。鬱病の発端になった職場でのトラブルを恨んでも、こうなった自分の不甲斐なさを悔やんでももう仕方のないことだ。トラブル主のヤクザを豚箱に入れたって治るもんじゃないし、取り戻せるものも何にもない。

私が今、一番辛いのが、「不定愁訴」と呼ばれる症候群だ。鬱病が、今は脳メカニズムの中で分泌物質が安定しない状態とわかってきているので、「脳の異常」として、何が起ころうがあまり自分でも驚かない。でも、急に吐いたり、関節をはじめとして筋肉などが激痛を呼ぶ日もあれば、熱が下がらずボーっとしているのに、手足の先は氷のように冷たかったり。またある日には目の焦点が全く合わない日もある。

こいつのせいで、去年1年間、仕事をしてこれた生物調査の仕事も、ままならなくなってしまった。いつどのように「不定愁訴」が発現するかわからないので、予定が入れられないのです。

確かに自分はいろんな症状で苦しいのだが、他の人に理解してもらえるのは非常に難しいのはわかっているし、同じ鬱病持ちの人でさえ、症状は千差万別なので、患者同士で慰めあうのも好きではない。
もしかしたら、自分が苦しいと思っているだけで、他の人だったら普通に耐えられるものなのかもしれない。
だから他の人に理解を期待するより、自分がいかにこの病気(障害)と向き合うかが大切なのだと思う。
皆に当てはまることではないけど、少なくとも甘ったれの自分には重要だ。

更に困ったことに、カメラのほうも苦労するようになってしまった。身体が痛む日は外に出れず、指が動かないので歯でシャッターを切る日もある。目の焦点が合わないので、とにかく条件を変えまくって撮る日もある。折角遠出したのに、動くことさえ出来ないこともある。

機材がよければ、苦労も少ないだろうかと考える日もあり、収入もろくに無いくせに高望みばかりするくらいなら写真など諦めてしまえと思う日もあり。

だけど、私はやっぱり生き物が好きだ。そしてそれらと向き合っているのが好きだ。この世界から一時遠のくことはあっても、足を洗うことはないと思う。

昔は、生き物との遭遇時の興奮にかまけて、勢いがありつつも支離滅裂な文章を書くのが好きだった。
今はもう、そういう文章は書けなくなってしまったし、その文章を自分で見ると恥ずかしかったり、書けた頃の自分に嫉妬するので、文章は全て引っ込めてしまった。でも今は、昔は恥ずかしいと思って出せなかった短文を、絵葉書に入れたりして(実は今でも恥ずかしいですが)、表現するようになったし、文章も真面目に書けば、結構しっかりした随筆的なものも書けるようになった。

写真も、障害を持つようになって、見方や撮り方がかなり変わった。それが良い方法なのか、そうでないのかはわからないけど、それはそれで、今の自分の精一杯の表現だ。

人並み以上の失敗写真を量産してるし、万人受けしないのは良くわかってるけど、苦しいながらに楽しいと思えることは大切にした方がいいと思っている。

病気になって良かった…などとは微塵も思っていない。失ったものはとても大きかった。でも、今は以前見えていなかったものも少し見えたりする。囲まれている自分の殻をつつきながら、外を見たり腕を伸ばそうとしている。

私は人間じゃなくていい。人間失格でいい。いや、動物としても失格でいい。人間を語る人はたくさんいる。動物を語る人もたくさんいる。ただ、私は、私以外の人間に「身近に小さな、あるいは大きな生命」が住んでいることを記憶に残せればそれでいい。そのために時々、写真を見てもらえればそれでいい。
動物の決まりきったイメージから少しずれた、へぇ、と思えるような写真を遺しておきたい。

去年から今年、私は東京の青梅市を拠点にして、独りでいろいろやってみた。気楽だけど、本当はとても苦しかった。

今、自分は床から出るのも厳しい状態になっています。ここでまだ我を張ることで、根性を養うこともできるだろうが、心配や迷惑をかける人もあると思うし、床の中でゆっくり考えた。いろいろ手続きが済んだら、実家に帰省します。もう一度、「自分」が生まれた札幌から出直してみます。

私の32年間の中で、いろいろ助けてくれた人々に感謝します。

そして皆さんに贈る、私の一番楽しかった頃のお気に入りの写真です。

イヤイヤながらも被写体を引き受けてくれたアオダイショウに。

楽しい人生を作ってくれているみなさんに。

ありがとう。

Baikada’s main website
Wild Home

Facing

Heteropoda venatoria
Brown Huntsman Spider
脚高蜘蛛(アシダカグモ)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DX*

.

苦手克服シリーズのひとつです。以前紹介したトビズムカデ以来ですね。
It is one of the weak point conquest series. Since “Like Black_Kite’s head centipede” which I introduced before.

私は基本的に脚が6本以上ある生き物は得手ではありません。クモもまた然り。しかし、最近ハエトリグモを身近で観察するようになって、「クモ全般が苦手なんだ」という認識が間違っていることに気がついた。しかし、アシダカグモはとても大きい。手のひらくらいの大きさがある。そしてものすごく素早い。一時、弱毒を持つという話を聞いていたが改めてインターネットで調べると、人間に対する毒性については否定されつつある流れのようだ。
I am weak in the creature having a leg more than six of them basically. I am weak in the spider, too. However, I came to observe “Jumping spider” recently and noticed that recognition that “I was weak in the spider whole” was wrong. However, Brown Huntsman Spider is very big. There is size of a palm. And he is very quick. I heard “He has weakened poison”, but it seems to be denied about the toxicity for the human being when I examine it on the Internet some other time.

脚が多くて、素早いものは苦手です。しかし、それでは被写体としての意外な魅力に気がつかないで終わってしまう。
I am weak with many legs and the quick creature. However, then I never notice unexpected charm as the subject.

ある夜、路地裏でアシダカグモと出会った。活動的ではなかった様子なので、思い切って、腰をすえて、マクロで勝負した。正面からフラッシュを焚くと、アシダカグモが驚いて狂奔するかもしれない…。と思ったのもあるけど、アシダカグモの脚の長さがわかるような写真を撮ってみたいと思っていたので、三脚にカメラを据え、LED懐中電灯で斜め後ろからライティングしてみた。
そこそこ、面白い写真となった。克服は出来ていないけれど、私がアシダカグモと闘った記録は残す事ができた。
I met Brown Huntsman Spider in the alley on a certain night. Because he was not active, I challenged taking a picture by the macro boldly sitting down. I set up the camera in tripod, and after the diagonal, did lighting from the furnace with the LED flashlight because I wanted to take the photograph where the length of his leg was understood though was the desire, “It was likely to make desperate efforts his being surprised when the flash was burnt from the front”. This became a little interesting photograph. As for me, overcoming cannot have done him. However, I was able to leave the record fought against him.

残す苦手は、 ゴキブリとフナムシです。今年は勝負できるでしょうか…。
My weak point to leave is a cockroach and a sea louse. Can I fight this year…?

Baikada’s main website
Wild Home

Funeral

Oncorhynchus keta
Chum salmon
鮭(サケ)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DX*

生きていれば必ず訪れる死。野生動物は、自活出来なくなったとき、遅かれ早かれ死ぬ。
A creature has “death” by all means. When I was not able to support myself, sooner or later the wild animal dies.

このサケのように骸を晒すものもあれば、エゾシカのように死期を悟ると姿を消し、目立たずに死んでいくものもいる。カラスにつつかれ、カモメにつつかれ、ウジに内蔵を食い尽くされ、微生物に分解され、最後に残った骨は風化し、増水した川に流される。「自然葬」とでも言うべきか。
Here and there, there is a corpse like this chum salmon. There is the one to die without disappearing like Ezo shika deer, and standing out, too. The corpse is picked at by a crow, and I am nudged by a gull, and it is eaten up having it built-in by a maggot, and it is dismantled to a microbe, and the bone which stayed last weathers, and it is drained into the river which rose. Should I say, “Natural funeral”?

人間は火葬や土葬など、骸を処理することを覚えた。しかしそれは、「蘇るかもしれない」という人間の恐怖心から、疫病の蔓延の防止のためから、行うようになった。精神論を持った人間は、「魂を送る」葬儀を神格化してきた。一方で、火葬時に副葬品を燃やすと、ダイオキシンが発生した。お墓を作るために森を切り開いた。
The human learned that cremation or the burial treated a corpse. However, it came to be performed for a human sense of fear to have possibilities to “revive” and the prevention of the epidemic. The human with the mind theory divinized a funeral service to “send a soul”. On the other hand, dioxin occurred when the human burnt grave goods at the time of cremation. The human opened up a forest to make a grave.

話は変わるがエゾシカが増えすぎて農業や山林の被害をもたらすので、駆除されることになっている。駆除されたエゾシカは、なんとか資源として利用しようと食肉に使ったりするが、まだ全てが利用できているわけではないようだ。

鹿肉を高級食材として扱っている場合ではない。もっとリーズナブルにして、骸も資源としてリサイクルを進めなくてはならないのだろうと思う。しかし、エゾシカが増えすぎたのは、エゾオオカミを絶滅させてしまった人間にも大きな責任がある。人間の勝手で動物の数を調整するのは仕方の無いことなのかもしれないが、上からの視点に見えてならない。

人間も増えすぎた。その増えた人間の一人一人が、いろいろなエネルギーを消費して生きている。少しでも、自覚しなければならないことだと思う。ガソリンが高くなって、走る車が減ったことでも、ある意味良しとしなければならない。
There were too many human beings. The human each one who increased uses various energy and lives. I think that I must be aware of even a little. Gasoline rises and must do even that running cars decreased when the meaning that there is good.

私は何にも野生に貢献していない。私が生きていても、死んでも、環境に負担をかけていく。人間に対しても、「生きていたい」と願う人へ血液や臓器を与えるくらいしか出来ないが、私のは完全品とはいえない。増えすぎた人間に援助を行うことにも疑問も感じ、混乱してきている。援助を行う金銭的な余裕も全くないのだが…。人間の世界にも馴染めず、野生動物にもなれず。私は、何故生きているのだろう。 このサケのように、何故死ねないのだろう。もっと、生きるべきものはたくさんいるだろうに。
As for me, it doesn’t contribute to the wild of what either. It puts a strain in the environment even if I am alive or it dies. Mine can say complete goods though it is possible to do only by giving blood and internal organs to the person who wishes, “It is alive” for man. Why am I alive?It is likely not to be able to die like this chum salmon why. There would be a lot of things to have to live more. I think that there will be a lot of things which should live.

私には「命」は贅沢すぎると思いながら、生きていかなければならない。
I must live while thinking that “the life” is too luxurious for me.

死んでも、何かの命に利用される骸でありたい。それで私の遺志は果たされる。
Even if I die, I want to be Corpse used for some kind of life. Thus my will of the deceased is achieved.

Baikada’s main website
Wild Home

Relax

Phoca largha
Spotted Seal
ゴマフアザラシ

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DX*

私がカメラを構えるときは、少なからず緊張している。撮られる動物も、緊張している事が多い。ゆったりした姿の写真を撮りたいから、これはちょっと悲しいかな。しかし、この個体は極寒の海で 、私一人が緊張しているのをよそに、海に浮いていた。
When I hold a camera, I am tense a little. It is often that the taken animal is tense. Because I want to take the photograph of a relaxed figure of the animal, this is slightly sad for me. This individual was floating in the coldest sea. On the other hand, only I felt nervous in the coldest coast.

他の個体も観察したが、どうやら陸地でくつろぐのとは違い、海中にいるときのリラックスは鼻を空に向けて突き出すポーズをしているときのようだ。
目線を落としてこちらを見るときには、いくら緊張感の無いゴマフアザラシとはいえ一瞬の緊張が走っている。鼻を突き出していたこの個体はこちらを見ることも無く、そのまま背面から海へと潜っていった。
I observed the other individuals, but, unlike making itself at home somehow or other on land, the relaxation when there is it openwater seems to be time doing a pose to push out a nose somehow or other for the sky. When it loses a glance and watches me, Spotted Seal (Phoca largha) without the feeling of strain usually, the strain of instant feels. This individual pushed out a nose and, without watching me, just crept from the back to the sea.

逆光で輝くヒゲがとても美しかった。
The mustache which shined by backlight was very beautiful.

Baikada’s main website
Wild Home

Mont Blanc

Stemonitis sp.
A kind of Myxomycete (Slime mould).
紫埃の仲間(ムラサキホコリのなかま)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DX*

変形菌。またの名を粘菌。菌と言ってもキノコではない。細菌でもない。こうして見ていると全く動かないが、植物でもない。かといって動物とも言い切れない。変形菌は変形菌なのです。
Myxomycete. It is not a fungi. It is not bacteria. When I look, it does not move at all, but it is not a plant. But it is not an animal.

この変形菌は、変形して移動する「変形体」と、まったく動かない「子実体」という、2つの形を持っている。一般には子実体は動かず、胞子を散布して増える。変形体はアメーバ状で微生物を食べたり、子実体になるのに適した場所を求めて移動する。つまり、イメージとしては動く時期を持つキノコみたいな感じです。
Myxomycete sows a spore like a fungi and increases and is in condition that it seems to be an amoeba from a spore and moves. And it eats a microbe.
When it comes to the place where environment was suitable for, it seems to become a mushroom and makes a spore. A very mysterious creature. Myxomycete. This seems to be small Mont Blanc of around 5mm.

シダ植物やコケ植物、キノコ、カビの仲間も胞子を出し、その中の一部のものは鞭毛というしっぽを持って泳ぎ移動できる遊走子と呼ばれる。最近話題になっているカエルツボカビ病のカエルツボカビの胞子も遊走子です。でも、遊走子が動くと言っても胞子に尻尾が生えただけのようなもの。しかし、変形菌はアメーバのように、好きなところを動き回る。子実体は、あっという間に枯れる(?)ため、昨日ここにあったからと言って、今日同じ場所にあるとは限らない。
宝探しのようでなかなか楽しい。

変形菌を拾って、簡易な迷路に置き、ゴールに養分となるもの(オートミールなど)を置いておくと、胞子から変形体を形成し、「見事に迷路を「最短ルートで」解いてゴールに達する」という実験も行われたそうだ。なかなか面白いやつです。変形菌は小さなものが多い。そして非常に形、色のバリエーションが広い。ヘビヌカホコリなどは一度は目にしてみたい変形菌です。

写真のものは、ムラサキホコリの仲間。オオムラサキホコリかなと思いましたが、識別は全くわかりませんので、勘弁してください。他に、サビムラサキホコリ、ムラサキホコリ、スミスムラサキホコリという近い仲間たちがいるようです。私にはマクロな世界の「紅芋モンブラン」にしか見えません。

変形菌を「飼う」人もいるくらいですから、その魅力は測りきれない生き物でしょう。

Baikada’s main website
Wild Home

Darkness

Euprepiophis conspicillata
Japanese Forest Ratsnake
地潜(ジムグリ)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS 5*

ヘビを何も理解しないままに嫌う人を少なくしたい。常々、自分が考えていることです。ヘビはどうして嫌う人が多いのでしょう?やはり親からの影響が大きいのだと思います。
I want to reduce the person who dislikes snaking without understanding anything. I think always. Why will there be many people avoiding it in the snake? After all I think that there is the influence from a parent.

ヘビに対して好奇心を持たせ、可愛く見える写真を見せることで触れるようになった子供もたくさんいます。対して、親が強い嫌悪を持ってヘビに接する姿を見てきた子供達は、「ヘビって怖いものなんだ」と認識し、嫌う傾向があるように思います。
I gave the children whom I contacted curiosity for a snake. And I showed the photograph which looked love a snake. As a result, there are a lot of children who came to touch the snake. Children who have seen the appearance for parents to see the snake with a strong dislike it confronts think that it tends to recognize, “The snake is scared”, and to dislike it.

サルでの実験があったそうです。生まれてから一度もヘビを見ていないで育ったサルに突然ヘビを見せても、全く怖がらない素振りを見せたそうです。しかし、そのサルに、仲間である別のサルがヘビを見て怖がる姿を目の当たりにさせると、次回からはヘビを怖がるようになったそうです。本能的に、「ヘビに足がなくて異質だから」嫌うわけではないようで、ヘビが嫌いになるのは、回りの環境からの学習であると言えるでしょう。
There seemed to have been an experiment with the monkey in the past. Even if the snake was suddenly shown to the monkey that grew up without seeing the snake, it seems to have shown the pretense not feared at all. However, when another ape which is the companion sees the snake and the feared appearance is witnessed, it seems to have come to be going to fear the snake from next time the monkey. Because “Snake does not have a foot, and it is strange”, the monkey does not seem to dislike a snake. It may be said that it is learning from the environment of the circumference that a monkey comes to dislike a snake.

今回アップしたジムグリの写真は、ヘビが嫌いな人達に好印象を持たせるための写真ではありません。どちらかと言うと、ヘビ嫌いの人が持つ嫌なイメージを強調した写真だと思います。ぬめっとした生き物ではないけど、ぬめっとした感じが写真から受け取れ、そして、暗貌により、その表情を全く感じ取れない写真になっています。
A photograph of Japanese Forest Ratsnake which I updated this time is not a photograph for a snake to be able to give hateful people a good impression.
If anything, I think that it is the photograph which emphasized the unpleasant image that a person of the snakephobia has. Though it is not the creature which assumed that this photograph is slimy, you may receive the feeling that you did slipperily. And you cannot take in the expression of the snake by a dark feeling from this photograph at all.

でも、自分はこれはこれでお気に入りの写真。生き物には、見方や角度によって様々な表情を見せるものです。この個体と同じ個体の写真で、違う撮影の仕方で撮った写真がこれです。
But this is a favorite photograph to me. A creature shows various expressions by a viewpoint and an angle. With a photograph of an individual same as this individual, the photograph which I took by a way of different photography is this.

Elaphe(Euprepiophis) conspicillata
Japanese Forest Ratsnake
地潜(ジムグリ)

Photograph by Baikada(ばいかだ)
*CANON EOS 5*

印象はかなり変わります。携帯へび図鑑を作成する上で、注意していることの一つ。出来るだけ普通の人やヘビが嫌いな人でも、「あ、これなら怖くないな」と思えるような写真を1枚は入れるようにしています。
The impression considerably changes. When I make “Japanese snakes mobile“, it is that even a common person and a person disliking snakes put one piece of photograph which can think that “this is not scary” in the one of my being careful.

今回の「Darkness」、あなたには気持ち悪いと写りましたか?それとも質感があっていいと思いましたか?後者でしたら、あなたは「相当ヘビが好きな方」だと思います。
Did post of this “Darkness” feel feelings badness in you? Or, did you think that there may be feeling of quality by you? I think, you are “One where it likes equivalent snake” when it is the latter.

Baikada’s main website
Wild Home

RGB-Blue

Alcedo atthis
Common Kingfisher
翡翠(カワセミ)
(愛知県にて)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DIGITAL X*

RGB最終章は青です。青は皆さんの目に触れる機会が一番多い、自然の色だと思います。海、湖、大空…。生き物を育む環境の根幹には青があるように思います。
The final chapter of RGB is blue. Blue is nature’s color to be able to see you very well. Sea, lake, and the sky… I think that there is blue in the basis of the environment that brings up the creature.

私は、青い爬虫類をじっくりと写真を撮ってみたいのですが、なかなか思い通りの青い爬虫類に出会えていません。鮮やかな水色の北海道東のアオダイショウはとても美しい。しかし水色であって青ではない。
ニホントカゲの幼体の尾のメタリックブルー。これもとても美しいけれど、あれが全身の色だったらどうだろう?あまり気に入らないかもしれない。私は、魚で言えばナンヨウブダイのような、鳥で言えばオオルリのような、そんな青い爬虫類に出会ってみたい。実は1度だけ、それに近い爬虫類に出会ったことはある。
I want to take a photograph with blue reptiles slowly, but cannot readily meet blue reptiles just as wanted. Japanese ratsnake in East-Hokkaido of the vivid light blue type is very beautiful.
However, it is light blue, but not blue. Metallic blue of tail of infant of Japanese five-lined skink. How if that is a color of the whole body though this is also very beautiful? It is likely not to like it so much for me.

西表島で出会った、夜の海の中を泳ぐ、ヒロオウミヘビの青。
月夜に照らされた美しい青。あの記憶を写真に出来たらいいのに…。と思ってしまいます。爬虫類のことばかり言って、この写真のカワセミには失礼ですね。(^^;
I want to come across blue reptiles. The blue that seems to be Big blue parrotfish if it is a fish. The blue that seems to be Blue-and-White Flycatcher if it is a bird. In fact, there can be the thing that I came across the reptiles which were near to it once. Blue of Banded amphibious sea snake swimming in the night sea where I came across in Iriomote Island. The beautiful blue that was lighted up in a moonlit night. Though I should have been able to do it to a photograph for that memory…. I think so. I say only of reptiles and am rude to Common Kingfisher of this photograph. (^^;

このカワセミの青は、身近で出会える、とても美しい青だと思います。誰もが親しめる美しい青。一年中楽しむことの出来る青。視界の片隅に入れば強く印象に残る鮮烈な青。
We can meet near ourselves blue of this Common Kingfisher to be very beautiful blue, I think. The beautiful blue that anyone can get close to. The blue that I can enjoy throughout the year. It is shocking blue that strongly remains in the impression if entering the corner of view.

被写体として、人気がありすぎて、正直じっくりと撮ることを避けてしまうカワセミなのだが、やっぱりいると撮ってしまう。
I come to want to avoid taking it because Common Kingfisher is popular among everyone as subject in the photograph. However, I take it carelessly when there is a Common Kingfisher.

冬の環境に、あの青は反則的に輝いている。
That blue sparkles in the environment of the dark color of the winter.

Baikada’s main website
Wild Home

RGB-Green

Hyla japonica
Japanese tree frog
日本雨蛙(ニホンアマガエル)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DX*

光の三原色、「RGB」を意識する上で一番頭が痛いのがこの緑。普通のモニターで画像調整して自然な緑を作って、プリントアウトすると緑が異様な鮮やかさで雰囲気が変わってしまう。それもまたいいのだが、本来の緑を出したいときもある。
It is green that it is the most difficult when I am conscious of three primary colors of the light, “RGB”. I adjust an image with an usual monitor, and I make natural green, and an atmosphere changes with the vividness that green is strange when I print it out. It is good, too, but there is it when I want to give original green.

最近AdobeRGBという、今までのRGBよりも表現色が
豊かな形式が出てきている。(より自然な色域が出ます)我が家のカメラと、プリンターはAdobeRGB対応です。でも、モニターは対応していません。なので、写真を撮って、パソコンを通さずにプリントすると、見た目に近い写真が出てきます。
しかし、パソコンのモニターを通して画像を調整すると、プリントしたときにかなりかけ離れた色になる。モニターもAdobeRGB対応のものが最近出てき始めている。とても欲しいが、もちろん安価なタイプでも相当高い。しばらくは手は出せない代物です。
The form that expression color is richer than conventional RGB called “AdobeRGB” comes out recently. (More natural color area appears)
My camera and printer support AdobeRGB. But my monitor does not support. Therefore a photograph near on the eye appears when I print it from a camera directly without using the PC. If the image is adjusted by handling a usual monitor, the printed image becomes a considerably different color. As for the monitor, a thing for AdobeRGB is released recently. I want it very, but even a cheap model is considerably expensive. I cannot buy it for a while.

この写真は、自然の緑を出したかった。ニホンアマガエルの緑、イネの緑。日本にはこんなに美しい緑がまだあるってことを、綺麗に残しておきたいのです。
I wanted to take out the natural green of this photograph. Green of Japanese tree frog , green of rice plant. I want to be leaving it by the image the remainder of such beautiful green in Japan still.

数百年前の日本人も見た光景。できれば、数百年後の日本人にも見ていて欲しい光景。実物が残ることを切に願いたいです。
The scene which the Japanese several hundred years ago watched. I want a Japanese several hundred years later to look if possible. I want to hope that the real scene is left eagerly.

Baikada’s main website
Wild Home

RGB-Red

Oncorhynchus nerka
“Sockeye salmon” or “Kokanee”
紅鮭(ベニザケ) もしくは 姫鱒(ヒメマス)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DX*

「RGB」というのをどこかで耳にした方がいると思う。「三原色」というものがある。普通に絵の具などであらわすのは赤、青、黄の三色です。しかし、「光の三原色」というものがある。これは赤、緑、青。英語でRed, Green, Blue。略してRGBだ。昔のブラウン管テレビをとても近くで見ると、映像は赤と青と緑小さな粒で構成されている。今は見るのは少し難しいかな…。デジタルで写真をやっていると、RGBで悩む事がある。これはまた次回以降にでも。
I think that you hear “RGB” somewhere. There is the one “Three primary colors”. It is a red, blue, yellow three colors that usually show with paints etc. However, there is the one “Light’s three primary colors”. This is red, green, and blue. R & G & B. The picture consists of red and blue and a green small grain when I watch old cathode-ray tube television close. Is it slightly difficult to look now…? There is worrying by RGB when I take digital photography. I write this worrying again even after the next time.

今回の対象は真っ赤に染まったベニザケ(Oncorhynchus nerka)のメス!…といいたいところなのだが、非常に大きくなって赤くなるヒメマスもいるので、一概に外見では決定できないようだ。成長の度合いを顕微鏡クラスで確認しないと識別は無理らしい。
This object is female of Sockeye salmon dyed red! …I want to conclude so, but it seems not to be able to decide it by the face because there is Kokanee  that grows very much and reddens, too. If the degree of growth is not confirmed with the microscope, identification seems to be impossible.

淡水魚の中には、同じ種類でも海に下りて遡上するタイプと、淡水で一生を過ごすタイプがいる。先のベニザケとヒメマスは同じ種類の魚だが、ベニザケはオス、メスともに巨大化し、婚姻色の赤で染まる。ヒメマスは一般的には小型で、メスはほとんど赤くならない。
In the freshwater fish, the same kind has the type that goes down to the sea and goes up, and the type to spend the life with the fresh water. Sockeye salmon and Kokanee are the same kinds, but Sockeye salmon is male, and a female becomes gigantic together and is dyed with the red of the nuptial coloration. Kokanee is generally small, and most of the females do not redden. The individual in this photograph is 46cm. It is larger than the male of Kokanee in surroundings. It is red though it is a female.

この写真の個体は、46cm。周りのヒメマスのオスより大きい。メスなのに赤い。しかし外見で識別できない。(とても見慣れた人には簡単なのかもしれないが…)
Inherited, it is Sockeye salmon and I think hope in me though I do not understand whether it is Sockeye salmon or Kokanee. Because it is a fish that yearned for me to meet Sockeye salmon.

しかし、この美しい赤も、間もなくその命の赤い炎を潰えて消える。そして次の世代は、海を目指すのだろうか。湖に残るのだろうか。
However, the red flame of the life disappears in this beautiful red soon. Does the next generation aim at the sea?, or remain in the lake?

Baikada’s main website
Wild Home

The world in eyes

Rana porosa porosa
Tokyo Daruma Pond Frog
東京達磨蛙(トウキョウダルマガエル)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS KISS DX*

眼に映る大空、雲、そして私。平和な光景です。写真を見る、撮る側からすれば、和みすら感じます。
It is sky, cloud and me to suite the eyes of the Tokyo Daruma Pond Frog . It is a peaceful scene. A person to see a photograph and the person taking him may feel calming down.

「目は口ほどにものを言う」という諺があります。しかし、外見だけではトウキョウダルマガエルの感情は、読み取れません。彼の感情について確実に言えることは、私に対する感情は「恐怖」でしょう。私は、いつか殺気や気配を消し、動物に恐怖感を与えずに撮影できるようになりたい。
There is a Japanese proverb that “the eyes tell things almost as same as a mouth”. However, I cannot read the feelings of him only by appearance. As for the feelings for me, it will be “fear” about his feelings surely that I can say. I want to delete an atmosphere and want to get possible to photograph it without giving an animal a sense of fear.

目指すは「忍」の境地。
It is a state of “Shinobi” that I aim.

Baikada’s main website
Wild Home