黒歴史(1997与那国島2日目)
2日目、晴れ。何で晴れるんじゃー。「与那国で太陽を見ると死ぬ(参考)」はどうしたー!
両爬的気配が薄いので、鳥を見に沼に向かう。その途中だった。「いる…」頭の中に何かが語り掛ける。なにがおるん。は?灰色の棒っこが落ちとる。…ん?いま、動いた…。へ?もしかしてこいつは…ヘビ?しかも…ヨナグニシュウダ!
ふとーい、でかーい!つかみたくなーい!…自分の腕より太い。もう気持ちで負けです、私が悪うございました…。と、謝っているうちに、シュウダ殿下は悠々とご退場なさろうとした。「殿下、お待ち下され!」私は殿下の尻尾をつかんだ。殿下はご退場される途中だったので、頭が草にお引っ掛かりなさったままで抵抗なさることができない!殿下は殿下で必死。自分は、つかんだはいいものの、その後のことを考えておらず、どうするのか必死。両者一歩も動けず。…私はだんだん怖くなってきた。どうみたって殿下は2m前後。口の大きさも半端じゃない。こんなのに咬まれたくねー…。
心理的消耗が続き、疲労困憊。ここで先に動いたのは、私の方だった。「殿下、ごめん!」駆け引きの末に、殿下の頭を何とか上から押さえ、口の可動を封じて首をつかみ、勝負あり。「殿下、この世は下克上ですな!」と雄たけびを上げ、ついにヨナグニシュウダ陥落。ああ、怖かった…。
(※直接出会った人に、よく「意外とあなた、おとなしいんですね」と言われましたが、上のような光景は、現場で繰り広げられるものではなく、暴走した私の心の中で繰り広げられているものです。ええ、私の中では真実ですとも。でももし、同行者がこの光景を見ていたとしても、逃げようとするシュウダのしっぽを私が掴んで、その後なんとか頭をつかみ、私がグッタリ…。という光景が展開されているのを見るだけなんです。そして「あなたはおとなしい」という評価になるわけですね)
殿下の口の周りを見ると、鳥の羽がいっぱいついていた。獲物はどうやらシロハラだったらしい。殿下、あんなせわしない鳥を捕まえられるんだ…。で、食直後だったようなので殿下はあまり動きたくなかったようだ。殿下を捕らえたはいいものの、今、殿下が入っている袋ではちょっとサイズが小さすぎて、ご窮屈にあらせられるのではなかろうかと。ということで、旅はつぎのステージ、新しい袋を探す旅へ。まあ沼行く前後で商店で使えそうなものを探すだけなんだけど。
気が付くと、何故か私の腕が異様にクサい。シュウダとは「臭蛇」と書く。よく見てみると、私の右手に黄色い汁が乾いた跡が残っている。その香りを嗅いだ瞬間、意識は現世から遠のいていった…。
補足:殿下を捕獲・キープしたのは実は目的があってですね。当時の私は寄生虫の研究室に所属していて、ヘビの寄生虫で卒論を書きたかったんですね。私の所属研究室の、先輩方がネズミとヘビで回る寄生虫(肉胞子虫:Sarcocystis)で、アオダイショウやジムグリが宿主のものなどで研究されていて、私も沖縄のネズミを食べるヘビで研究をしたかったので、どうしても殿下のウンチが欲しかったんですね。なので、殿下には、ただただウンチをしていただきたく、一時キープさせて頂いていました。肉胞子虫は、ヘビの腸に寄生する有性世代、ネズミの筋肉に寄生する無性世代を生活環としています。
なるべく快適になるよう心がけつつ殿下を連れながら、沼の周辺へ。そこは鳥のパラダイス!のはずだったのだが…。鳥?なにその生き物?翼の生えた生きものなんて全くいないんですが!なんでー!与那国は鳥の宝庫と噂に聞いていたのだが?…もう一度探す。いない。いくら探しても、いないものはいない。「………。殿下、敵(鳥)は我々を前に逃亡したようですぞ!」と、報告すると「シャーッ(怒)!」と、袋の中からお怒りのため息。意気消沈しつつ、テントへ戻って、殿下を快適と思われる場所に安置し、与那国島の最西端へ足を伸ばす。
与那国の最西端は、つまり、日本の最西端である。風が吹き抜け、何もできず。海を見ても何もおらずで、結局台湾の方向を見て(台湾は見えなかった)、とりあえず満足。その後、うろうろしながらテントの方へ戻っていくと、ハッカチョウがいた。おおぉぉ!ハッカ!地味!今、与那国島にいるだのいないだのと、噂(カレー屋さんのノート)には聞いていたが、まさか本当に会えるとは…。しかも、尾の腹側が白っぽく見えるのもいる!…ような気がする!オオハッカか!(当時のメモだとオオハッカと書いてあるけど、2024年時点ではジャワハッカではないかとも言われてるみたい。加えて飼育由来の外来ではないか、とも)
黒っ!白っ!見えっ!もうっ!と悶絶してたら、全部海の方へ飛んでってしまった。
与那国がこんなに晴れてちゃよ、渡り鳥たちも休まず飛んで与那国を通過して行っちゃうじゃねえかよぉ。通過していくってことは、与那国で鳥が見れねーってことじゃねえかよぉ。少し雲、頑張ってくれねぇかなあ。
その後、キンバトやらアカガシラサギやらが出た、という噂(という名のノート)に振りまわされて、それぞれの鳥に振られつつ、テレテレと歩いていると、ちびっちゃいエリマキトカゲみたいな奴、キノボリトカゲ(当時はサキシマキノボリトカゲ、2024年現在ではヨナグニキノボリトカゲ)を発見!わあい、小さな恐竜だね!いじって観察していると、「キュー!」と彼は叫び、指を咬んだ。咬んだまま少しの間、ぶら下がっていたが、「おえー」という顔をして落っこちて逃げていった。咬んだ指を見ると、ここにも黄色い汁の跡が残っていた。殿下、おそるべし。
シュウダの臭い汁を右手に残し(洗っても取れねーんだよぉ)道を歩くと、道の横では複数のキシノウエトカゲが、ばさばさと走っている。こやつらは、ニホントカゲを巨大化したような奴で、最大40センチもある。実は国の天然記念物。でも顔はおっさんくさい。走りまわると、大型のネズミがそこらを走りまわるような音がして、かなり大きな音を立てるので、こちらがすごく驚くことになる。しかし私と急に出くわすと、彼らがすごく焦って、木にぶつかって歩くのが気の毒でありながら、吹き出してしまう…。愛ある暖かな眼差しをトカゲ一匹一匹に振りまきながら歩く、右腕が臭い人。それはもう、絶世の不審者と言っても差し支えないのではないだろうか。
そんなこんなで暮れ行く1日であった。
2024年補足:2024年末、今やヨナグニキノボリトカゲは第二種国内希少野生動植物のリストに入りそうだし、ヨナグニシュウダは絶滅危惧IB類。大変気を遣わないといけない生き物になってしまいました。当時(1997年)も希少な存在だったと思いますが、気楽に触れ合って観察しようとしたり、キープしてウンチ採ったりするような生き物の扱いは、もう難しくなりましたね。
与那国島のヨナグニシュウダ(2005年の「あやみはびる館」の個体)。
当時の写真は保管していた場所の火災で失ってしまいましたので、お茶濁しの写真で失礼します…。