More than the necessity

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Melanitta nigra
Black Scoter
黒鴨(クロガモ)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS 1D MK III*

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クロガモはほとんどの場合、海に浮いて生活する。
彼は何かの事故にあったようだ。
脚を怪我し、羽を動かすこともなかった。
The scoter floats on the sea in case of almost and lives. He seem to have been in the accident of something. He injured the leg, and did not move his wing.

この無防備では、おそらく長くは持たない。
この命が失われることで、
餌となる海の小動物は死を免れ、
あるものは食料にありつき命をつなぐ。
In defenseless of this, he will die soon. Because his life is lost, the small animal of the sea becoming the bait avoids death and the big animal which there is gets food and lives a long life for life.

私は、必要以上の命を殺したくない。
私は、必要以上に命をつなぐことはしたくない。
I do not want to kill the life more than the necessity. I do not want to save the life more than the necessity.

必要以上はいつか歪みを形成する。
The necessary above forms a distortion sometime.

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Baikada.com

2 Responses to “More than the necessity”

  1. Godspeed より:

    命を拾ってみたり、捨ててみたり、考えなければいけないのが我々人間なんですね。
    増えすぎただの、少なくなっただの、やれ少なくなっただの人間は考える。
    そこには個人の信念だったり、思想だったり、モラルだったり、自由だったり、バランスだったりがあるのだが、そういう人間はいろんな意味で人間らには甘いところがあるなぁ。
    絶対に助けなしで生きてゆけない人間も保護したりする。
    でも、そうでもしなければ街は死体だらけ、掃除するのも大変だろうな。

    ごめんなさい。シュールな話になってしまった。

    ちょっとズレるけど、捕鯨だって、なんであんなにシーシェパード(必要以上に)うるさいんだ?
    まあ、文化の違い、考えの違いからのズレだろうが、向こう行っていた時も(必要以上に)
    「何故、日本人はクジラや犬を喰うんだ?」(犬は韓国人と混同しているらしい)と
    質問するケースがいくつかありました。

  2. baikada より:

    Godspeedさん
    野生動物は、深く考えることをしないですからね。
    人間側が何かをするときにいろいろ考えなくちゃいけない。
    それも一つの意見を強硬に進めるのではなく、
    いろんな意見を懐柔して、そのなかで動物と関わるうまいやり方を探さなきゃいかんですね。

    海のシェパードさんみたいな組織も、誰かに支援してもらわないとやっていけないので、
    ああやって過剰なアピールをするのかなと見ています。
    「なぜ、日本人はクジラや犬を食うんだ?」と訊かれれば、
    「なぜ、あなたたちはクジラや犬を食べないんだ?」と聞いてみます。