Make-believe

picture

Aeschna nigroflava
Hawker sp.
大瑠璃星蜻蜒(オオルリボシヤンマ)

Photograph by Baikada (ばいかだ)
*CANON EOS 1D Mark III*

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最初に書いておきます。
このオオルリボシヤンマ捕まえてから、木に止めて撮りました。
見る人が見ると、すぐにわかる。不自然な感覚がイメージに込められている。
I am writing the result first. After it had been caught, this dragonfly was perched to the tree. An unnatural sense is put in the image in this photograph.

ヤンマのとまり方。
それはアカネなどの赤とんぼのそれとは明らかに違います。
ヤンマは飛ぶ事に特化し、止まることに重点を置いていない。
だから、アカネのように体を地面と平行に止めることができず、
多くの場合ぶら下がるようにして止まる。
The dragonfly is different in way of perching of by a kind. Because it is difficult for this dragonfly to do posture in parallel with the ground, he hangs in many cases and perches.

オオルリボシヤンマは美しいヤンマです。
飛び回っているので、(私には)普通には簡単に撮れませんし、
(私には)止まっている姿もなかなか見ることができません。
私はヤンマの止まり方は知識として持っていました。
この写真はそのイメージに近づけたつもりだったが、
ヤンマに対する経験不足が「不自然」を醸し出すのだろう。
This dragonfly is very beautiful. Because he flies about, the photograph cannot be taken easily, and I cannot also see his perching appearance easily. I had the way of perching of these dragonflies as knowledge. I intended to have brought this photograph close to the image, but my lack of experience for this dragonfly will express “Unnatural” of this photograph.

これは「やらせ」です。
「やらせ」はよく、批判の矢面に立たされることがあります。
しかし、「やらせ」は悪いことでしょうか。
This is “make-believe”. There is often that “the make-believe” is criticized. However, will “the make-believe” be bad?

一番の悪は、「やらせ」に嘘を含ませること。
不自然な「やらせ」を、自然状態であると捏造すること。
図鑑などでこういうことは、なるべくないほうがいい。
見る人に誤った情報を伝えかねない。
It is to contain “make-believe” in a lie to be the worst. It is to tell a lie that it is an actual state by unnatural “make-believe”. The photograph may convey wrong information to a looking person.

頭の中のイメージをそのまま写真に出来る能力は羨ましい。
「やらせ」も極めれば「自然」になる。
野生の環境を忠実に再現するのも「技術」であり、「芸術」だと思う。
いや、野性の環境にこだわらなくてもいい。
頭の中のインパクトのあるイメージを実像化する能力はとても欲しい。
I am enviable the person who has the ability that a photograph just has for an image in the head. If photo-skill improves, “the make-believe” becomes “nature”. I think that to reproduce wild environment faithfully is “skill”, and it is “art”. I may not need to be particular about wild environment. I want the ability to make an image with the impact in the head a real image very much.

私の撮影のテーマの生き物はヘビ。
完全な自然の状態でリラックスしたヘビの姿を撮るのは非常に難しい。
普通に「やらせ」をせざるを得ないときもある。
彼らが私に気が付けば逃げてしまうからだ。
A creature of the themes of my photography is a snake. It is very difficult to take the figure of a snake relaxed in a natural state to me. I must sometimes do “make-believe”.
The reason is because they escape if they notice me.

写真を撮るとき、フィールドに出るとき。
私はヘビの自然の状態を目と脳に焼き付ける。
そしてその状況を忠実に再現できる技術も磨きたいと思っている。
When I take a photograph… When I go to the field… I memorize the natural state of the snake in my eyes and my brain. And I want to improve in “the skill” that can reproduce the situation faithfully.

生き物を撮るとき、どこまでが「やらせ」だと考えますか?
捕まえた後、別の場所に移動して撮る。
捕まえた後、捕まえた場所で撮る。
相手が明らかにこちらの姿を確認して緊張している姿を、逃げられる前に撮る。
相手はこちらに気づいているが、リラックスをしている姿を撮る。
相手は全く気づいていない。その姿を撮る。

相手が鳥であったり、爬虫類であったり昆虫であったり。
それによっても「やらせ」のイメージは違うし、
個人個人での「やらせ」と感じるボーダーラインも違う。

私は面倒くさいから、
全部の写真に「やらせ」かどうかを説明するつもりはないです。
ただ、誤解を招きかねないときには、説明するようにしています。
この写真は「やらせ」です。

もちろん私は、この写真のカラーが好きだ。
次は、もっと自然な「やらせ」を出来るようになるかもしれない。
もっと経験を積まないと。
This photograph is “make-believe”. I like colors of this photograph. I may come to have the nexts by more natural “make-believe”. I should acquire more experience.

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Baikada’s main website
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21 Responses to “Make-believe”

  1. くろたまナイト より:

    水色と黒のコントラスト。
    ゴマダラカミキリ以外の昆虫で、初めて知りました。
    ばいかださんの考えは、とても興味深いです。
    私が写真を撮る理由は、私が感じた被写体の素晴らしさを誰かに見てもらう事。
    それを見る人の感情に、何がしかの善い感情を引き起こしてもらう事です。
    もちろん、図鑑という媒体を使うのならば、自然に限りなく近い事が良いのはもちろんですが、被写体のどんな姿を撮ったとしても、見るのは人間。
    自然である事によって、魅力を発揮出来ない状態で写っていれば、そもそも人に見られる・興味を満たすという写真の役目を果たせません。
    被写体を傷付ける事無く、ブラボーな写真を撮れるのならば、”自然”か”やらせ”かは私にとって大きな問題ではありません。
    これは、私個人の勝手な考え方ですので、不愉快に思われたらごめんなさい。

  2. やらせとかは余りこだわりませんし、何時もやっています。
    灯火で捕まえた虫などは、昼間適当に止まらせて撮っています。
    とはいっても、やはりどんな所にいるのか考えながらは撮っています。

  3. baikada より:

    くろたまナイトさん
    いえいえ、いろんな方の考え方を聞いて、参考にして自分の路線が定まることも多々ありますので、貴重なご意見いただいてありがたいです。
    私が今のところ究極に目指したいのは、動物の生活を垣間見ることです。
    人に見つかったときの姿ではなく、普段の生活を記録できたら素晴らしいなあ、と。
    そうですね。
    私の場合は、使い分けかなあ。
    人に見てもらうのももちろん重要視しています。
    こちらは、やらせばんばんあります。
    それと、写真の記録によってその生き物の生態が解明されたり、証拠となるような状況を後世に伝えるようなものを遺すというのも重要視しています。
    こちらは、やらせしちゃいけない方だなと、自分で考えてみています。

    今回のポスト(投稿)は、時々考え方を人に聞かれるので、書き連ねてみました。
    今後もいろんな影響受けて変わるかもしれないし、この路線で考えて行くかもしれない。
    まだまだ通過点でのお話です。

  4. baikada より:

    おいかわ飯店さん
    昆虫や蛇は写真撮るときにいろいろ共有できる情報が多いと思っています。
    よく、セマダラコガネとかドウガネブイブイみたいなコガネムシ系を撮るとき
    一度捕まえると後ろ足を上げた威嚇(?)姿勢を取っちゃうので、
    やらせしようとしてかえって失敗してしまうことも結構あります。
    虫のほうが操縦するの難しいです(^^;

  5. 化野 より:

     僕も最近はそのままの姿を撮る事を目標としてますが、爬虫類は中々難しいですよね、特に蛇。僕が生物の写真を撮る時大事にするのはその種のイメージ(勿論僕個人が抱いているものですが)。それが再現できるのならヤラセもしますし、何より飼育個体の写真などセット組んでやりますからね。
     ヤラセかそうじゃないかで大事なのは科学であって、純粋に写真として生物を楽しむにはヤラセはありだと思います。「ヤラセじゃね~」なんて言ってる人には「じゃあ観測者を感じさせず、生物の魅力が伝わるすっばらしい写真撮ってから言え」と言いたいですね。自然の姿、といいつつ人の気配を感じている生物の写真ってザラにあるでしょうから。

  6. Godspeed より:

    わたしはちょっと他の皆さんと違う意見かな。

    「ドキュメンタリー」という言葉があって、自然を「ドキョメントしてる」映画、テレビ、写真はあるけど、あれ全部、人が入っているだけでもう「不自然」だから。
    動物は何かを感じ取ってる。自然を切り取るなら「無人で」「カメラだけ」という設定でなきゃ本当の「自然ドキュメント」じゃない。
    だから、「ああコレも人入ってる」「コレも」となる。人写ってなくても画面の裏に人が見える。動物たちがそうしてる。

    ハッキリ言うと「自然観るなら」写真に頼りたくない。 写真家ってエゴになりやすいから自分で「自然を切り取った!」とか「オレはこのカメラでコイツをものすごくカッコよく撮った」と勘違いする者が非常に多い。 そういうのは一般受けはするけど、大したものじゃない。
    何故なら、それは写真だから。

    「自然を観るなら」この目で観るのが一番だから。それ以外は「不自然」で「やらせ」でいい。写真ってそんなものぢゃなかったっけ?

    ちなみにわたしは風景は模写しません。
    その理由は上記のとおり。

  7. baikada より:

    化野さん
    昨日、仔ヘビが日光浴していたので、そのままの姿を撮ってみるのですが、
    やっぱり記録写真になりますね。
    昨日は意識していたので、特に強く感じていました。
    下手に環境と写すより、白バックの方が間違いのない写真が撮れます。
    外見の特徴のみを伝える白バックをメインにしている山渓の図鑑は好きです。

    観測者を感じさせず生物の魅力が伝わる写真だと、ヘビには非常に難しいですね。
    無人撮影やブラインドだと、鳥や一部哺乳類のように「待ち」で撮れるものに限定されてしまいますね。

  8. baikada より:

    Godspeedさん
    ドキュメンタリーという言葉は結構最近ですよね。
    私の小さい頃は、Disneyなんかが「記録映画」としてミツバチの一生とか撮影したのがあってそういうものが好きでした。
    無理に「自然」を意図していなかったし。
    「ドキュメンタリー」の一部は、製作側の意図がみえみえで、最近見なくなっちゃいました。

    何でも自然に撮れるっていうのはホント、人間のエゴですよね。

  9. Godspeed より:

    そういえばトンボといえば習ったのが羽根の休め方なんだけど、あれはおもしろいなぁって思います。
    チョウチョでもあるのですが、羽根を閉じて休むヤツ、広げて休むヤツがいますよね?
    チョウチョでは羽根の開閉をゆっくり行いながら休むやつもいる。

    広げて休むトンボがバランスが取れてそうでカッコいいけど、閉じてとまってるハグロトンボがわたしは一番好きです。

  10. クワ より:

    >野生の環境を忠実に再現するのも「技術」であり、「芸術」だと思う。
    仰る通りだと考えます。
    スケッチするときは背後の環境をアレンジすることがしばしば。その方が「絵になる」のですね。

  11. baikada より:

    Godspeedさん
    そういえば、そうですね。
    ハグロトンボのようなカワトンボの仲間は半開きや閉じて止まってますね。
    イトトンボは完全に閉じてる。
    結構、体温調節も関係してるみたいです。
    暑くなると、アカネの仲間は尾をピンと空に向けて立てて止まったりしています。
    そういう姿を見て、どうしてあんな格好なのかなと、あれこれと想像するのも楽しいですね~。

  12. baikada より:

    クワさん
    スケッチの世界も、様々なのですよね。
    私は、作画が苦手なので、スケッチをしようとすると
    アレも書かなきゃ、コレも書かなきゃ…と詰込んでしまって
    何が主役だったのかわからなくなってしまいます。

  13. てふてふ より:

    遅くなりましたがリンクを張らせていただきました。

    そしてこの記事。私もほぼ同感ですし、生き物によっては捕まえて撮影もします(特に蛇)。

    私のヤラセの基準は生き物、時、場所などでコロコロ変わります。
    もちろん自然な写真を心がけることもありますが、自分のイメージを優先させることもあります。
    むしろ相手にこちらを意識させ、駆け引きを楽しんだりもします。
    私がいて、相手の生き物がいるんだと。

  14. てふてふ より:

    自分のコメントを後から読み直して最後の一文が言葉足らずだったので訂正いたします。

    「私もその場にいるし、相手の生き物もその場にいるのだと。要するに、生き物同士どちらも意識しあってその場にいると。」

  15. なかじ より:

    ども~!これまた何というテーマでしょう!久しぶりに書かせてもらいます!
    こと動物写真において、「やらせ」って事を非常~に気にするのは日本独特かもしれませんね~。
    僕は子供の頃から動物写真に親しみ、現在は自分で撮っています。
    「やらせ」じゃないと撮れない写真はあります。僕が10年以上頑張っても撮れない写真が「やらせ」だと10日で撮れるでしょう。しかも、自然任せで撮るよりも凄い絵が撮れるかもしれません。例えばコウモリが昆虫を補食する瞬間です。正直言って、自然任せであれを撮るのは、本当の本当に難しい!
    海外の方達はコウモリを飼育したり、コウモリと昆虫の写真を合成したりして、コウモリの補食写真を完成させています。海外の写真作家たちは、それに何の後ろめたさも感じていないでしょう。
    ただ、僕はやらせで撮りません。僕には(いわゆる)「やらせ」は合わないから、やらないだけです。「やらせ」しようと試してみても、全くうまくいかないんですよ。被写体に対する「思い入れ」が邪魔をして「非情」になりきれていないんでしょうね。これは「写真家」としてはトップを目指す上で致命傷かもしれません。

    でもこれが、自分だから仕方がない、
    いやなら、やらなければ良いんだと、僕は思います。

  16. baikada より:

    てふてふさん
    リンクありがとうございます!
    別件のメールのことで、あとでメール入れさせていただきます。

    時に私はその瞬間に撮影できないこともあるので、(豪雨とか)
    そのときは一時的にヘビに申し訳ないんですが袋に入ってもらっていて、
    撮りなおしすることもありますね。
    シマヘビなんかは、こちらを意識してもらって撮ると、
    いい睨みを利かせてくれるのでいいですよね~!

  17. baikada より:

    なかじさん
    ども!
    海外のコウモリの人、エネルギーが半端ないですね。
    「記録」ではなくて、「作品」という域の話ですよね!
    臆面なく堂々とその技術を公言するところも、好感を持ちます。

    被写体に負担をかけない、と言う意味では合成というのも
    一つ、いい手段だと思います。
    私には、技術としてそれは難しそうですけどね。

    コウモリが相手だと、私の想像する範囲では
    なかなかやらせをするのも難しそうですねぇ。

  18. なかじ より:

    「やらせ」の発想が凄い方は本当に凄いですよね。
    こんな場所では言えないような事たくさんやっちゃってますよね。
    その発想は作品に対する情熱から来るんでしょうか。
    むしろ「やらせ」なんちゅう生易しいもんじゃないっすもね・・・
    それも被写体の事を良く知っているから出来る事もあるんでしょうけども、数限りない「やらせ手段」は存在します。やる、やらない、は別として。

  19. baikada より:

    なかじさん
    やらせ手段は、そうでしょうね。
    でも生態をよく知らないと撮れない写真も多いので、
    非常に勉強はしているんでしょうね。生き物について。

  20. なかじ より:

    僕が憧れるある方は生物の事も、写真の事も恐ろしく詳しいです。
    生態というより、動物の事を良く分かっているという感じ?ですかね。
    研究者や獣医よりも、ある一面では動物の扱いに長けていますよね。

    僕は、動物をまるでカリスマモデルのように丁重に扱って撮影してやりたい、といつも思ってやっています。だから、場所を移して撮る時は、罪悪感などなく、むしろ鼻息ムンムンなんすよ。笑!
    「お前を格好良く撮ってやるからなー!!」と。
    ほんと勘違い野郎の大馬鹿野郎なんですよ。笑

    そうそう、僕は場所を移して撮るのは「やらせ」なんて思いません。
    自分のセンスで「それは変だ」と思わない範疇で、の話ですけど。

    逆に、「ここは変だ」と思う場所に昆虫なんかがいた場合、
    一般的な違和感の無い生息場所に移動させて撮ります?
    でも、これって「やらせ」ですよね。

  21. baikada より:

    なかじさん

    > 逆に、「ここは変だ」と思う場所に昆虫なんかがいた場合、
    > 一般的な違和感の無い生息場所に移動させて撮ります?

    私だと、ひとまずどの場所でもいたらとりあえず写真を撮ってます。
    で、虫だとその後、適当に移動させて撮ることもあるんですが、
    それぞれの虫の好きな植物など把握しきれない場合は撮らないことも。

    出会うチャンスの少ない生き物だと、
    撮るのにしばらく付き合ってもらうことが多いですかね~。